シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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失われたオフィスというユートピア(ロックダウン59日目・現時点の解除予定日まで残り17日)

*この日記でロックダウンと呼んでいる規制は正確にはShelter-in-PlaceまたはStay-at-Home(自宅避難)規制と呼ばれています。ロックダウンには広範囲の意味があり、緩い規制から厳しい規制にまで幅広く使われいます。

本日、シリコンバレーのお隣サンフランシスコを拠点とするTwitterは、現在のロックダウンにより開始された在宅ワークを今後永久的なオプションとすると宣言した最初の企業となった。

シリコンバレーのテクジャイアントであるにGoogleとFacebookは、すでに今年の年末まで希望者は在宅ワークで働けるというオプションを発表していたが、永久的に在宅ワークを認めるというのはTwitterが初である。

しかし、これとは全く逆の動きをしたシリコンバレーの企業もある。ネットワーク事業やチップで知られるサンノゼのBroadcomは4月の末に、オフィスの従業員に労働時間の25%はオフィスに出社するようにという通達を出した。自宅で働ける労働に対しては、ロックダウン規制は緩和されていないので、これは明確な規制違反であったため、このニュースは顔や声にエフェクトがかけられた従業員の証言で明らかになったものだ。

やむを得ず出社する従業員たちはいずれもナーバスであるというニュースが流れてから、たった4日後の5月1日Broadcomはオフィスへの出社を再び禁止とした。てっきり郡当局から注意が入ったのかと思えば、なんと出社していた従業員の中に感染者が出たからであった。この一件で、Broadcomは保守的な企業として一部の評判を下げてしまっただろう。

ロックダウンに先駆けて、真っ先に北アメリカの全社員に在宅勤務を推奨したさすがのAppleはどうかといえば、今のところ沈黙を守っている。そりゃそうだろうと思う人も多い。Appleは、その本社のあるシリコンバレーのクパティーノに巨大なキャンパスを建設したばかりだ。もともと情報の機密性に非常にセンシティブな企業であり、だからこそ、情報セキュリティの非常に高い新しいキャンパスを建設したのである。開発に関わる社員が自宅で仕事をすれば、どうしても情報がキャンパスの外に出てしまう。彼らの主力製品が機密性の高いハードウェアであることを考えれば、そう簡単に永久的在宅ワークを推奨することはできないだろう。

このように、シリコンバレーの中でも対応がそれぞれ違う在宅ワークであるが、傾向的にはソフトウェアとそのコンテンツを主力商品としている企業の方が、やや在宅ワークに寛容であるようだ。

ロックダウンの折、テクノロジー以外の様々な分野でも在宅ワークを余儀なくされている人々は多いが、保守的の中でも特に保守的な会社もあって、スクリーンやマウスの動きをトラックするアプリケーションをインストールさせられている従業員もいるというニュースを読んだ。例えば、設定された時間、画面やマウスやキーボードが全く動かないと「60秒以内に作業を始めないと就労時間を一時停止したものと記録します」というメッセージが自動的に表示されたりするらしい。恐ろしい。

そもそも、シリコンバレーの多くのエンジニアたちは週に何時間働いているかを意識していない。彼らは多くの場合、一定期間の間に出せた結果が全てであり、結果さえ出していれば何時間働いていようが、働いていなかろうが、本人も上司も企業も特に気にしてはいない。ということは、残業という概念もなく、就労時間という概念もあやふやだ。多分契約書には書いてあるかもしれないが、測っている人はいないだろう。ただ、結果が出ていなければ次のレイオフの時に首が危ないし、素晴らしい結果が出ていれば次のボーナスの結果が嬉しい。シリコンバレーで働くというのはそういうことだ。

そんなエンジニアたちだから、セキュリティの問題を除けば、自宅で作業していてもオフィスで作業していても、ネットワーク環境さえ整っていれば、効率的にはそれほど問題がないはずなのだ。毎年新商品で世間をあっと言わせたい秘密主義のAppleが長期の在宅ワークオプションに踏み切れないのは仕方がないとしても、先のBroadcomの一件はシリコンバレーにおいて時代遅れで寂しい事件だった。

さて、従業員側の視点では、ロックダウン解除後の永久在宅ワークはどれくらい歓迎されるものなのだろう。もちろんワクチンのない間は、感染リスクの視点から家で働きたい人が多いだろう。しかし、ワクチンが開発され、以前の生活に戻った時に、人々は家で働き続けたいと思うのだろうか。

以前にも書いたが私はもう10年近く在宅で働いている。メインの顧客がドイツにあるので私には選択肢はないわけだが、時間を自由に使えるという在宅ワークの利点は十分に享受していると同時に、時間が自由に使えるが故に発生する不利な点も十分に味わっている。在宅ワークをする者はどうしても「家の仕事」を引き受けがちになる。昼間に必要な家事や用事を片付けたり、ティーンエイジャーの相手をしたりしながら仕事をしていると、忙しいときはまさしく朝から夜中まで仕事しているのに、進んだ作業はオフィスで働く6時間分にすぎないことは常だ。

オフィスに行けば、毎日自分ではない誰かによって清潔に掃除されているデスクがあり、飲み物やおやつが提供されるキッチンがある。そして何より作業しやすい温度に設定されたオフィス環境がある。オフィス家具もコンピュータのスクリーンも、作業しやすいように良いものが選ばれているだろう。朝や夕方に同僚たちと軽い会話をしながらコーヒーを飲んだり、無料で提供されるランチを食べることができるオフィスもある。また、オフィスにいる間は家の瑣末な家事からはすっぱり切り離されている。泣き叫ぶ幼い子供もいなければ、あれこれと頼みごとばかりする大きな子供もいない。

それに比べて、在宅ワークでは、荒れ放題の環境は自分で整えない限り荒れたままだし、我が家の場合は加えて冬は寒く夏は暑い。荷物が届くたびにドアの呼び鈴が鳴り、時には近所の人も呼び鈴を鳴らし、コーヒーは自分で入れるし、ランチは冷蔵庫を開けて残り物を立ったまま食べたりする。その上、家にいるために、家族の晩御飯の準備を担当することが多い。

かつて、私にもシリコンバレーのお客様のオフィスで働いていた時代があって、あの頃のオフィスはユートピアだった。特におしゃれをするわけでもなかったが、普通にオフィスカジュアルを身につけ、オフィスの同僚たちと出かけることもあった。今や、下手をすればパジャマのまま昼まで仕事をしてしまうこともある私には、オフィスで働いていた頃の華やかさのカケラも残っていない。。

それでも、今、オフィスに帰りたいと思うかと聞かれたら、実は答えはNOなのだ。この不自由だけど自由な労働環境は一度慣れてしまうと戻れない。だから、私は失われたオフィスというユートピアの思い出に懐かしく浸りながらも、やっぱり家にいる。

ロックダウンが解除され、ワクチンが普及した後、たくさんの労働者たちはあのユートピアに戻っていくのだろうか。その時、彼らは何を思うのだろう。

 

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