シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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愛が人を盲目にする

突然、恋愛小説を書きだしたわけじゃなくて、ある医療従事者のレポートからの印象的なフレーズをタイトルにしてみた。

現在米国のほぼすべての場所で医療従事者は休む間もなく働き続けている。防護服は重く暑く、動き回るとぐっしょり汗をかくそうだ。防護シールドも頭を締め付けるため、頭痛に悩まされる人も多い。そのような服装で12時間のシフトをこなすだけでも疲れ果てているだろうに、増え続ける患者のためにシフトはだんだん厳しくなっていき、担当しなくてはいけない患者は増えていく。疲労困憊しているので、オフの日はただひたすら寝て休養を取る以外なにもできないという人が多い。そして、明けたシフトの日は、新規感染者の行列と息ができずに苦しんでいる重傷者の苦しみを見続けなくてはいけない。終わりのない戦争に参加しているように感じるそうだ。

そんな毎日なので、感染している可能性が高い新規感染者に、テストの結果を待つ間、自主隔離しているように告げたときに、隔離されるのを拒むような発言を返されると思わずカッとしてしまうのも無理はない。9・11と同じくらいの人数が、毎日感染により亡くなっているこの米国の状態で、感染している可能性の高い人間が公共の場を歩き回って感染を拡大させていいと思っているのかと考えただけで、声が大きくなってしまうこともあるそうだ。

その感情をぐっと抑えて冷静になり、感染者が公共の場で行動することで起こりうるリスクを患者に説明しているときに気づくことがある。その患者は、今説明していることを全部知っている。そう、実は多くの患者は感染するリスクもさせるリスクも知っている。そして通常は、感染しないようにマスクをしたり、ソーシャルディスタンスを保ったり、なるべく家で過ごすようにしていたりしている人も多いのだ。そんな彼らは、ただ家族や親せきに会うときには防御が緩んでしまう。

ある患者は、ホリデーに娘一家に会いに行くという理由で自主隔離を拒んだ。この患者も、話を聞けば聞くほど感染のリスクを知っていて、感染しないように気を付けて行動していたことがわかる。それでも親せきのパーティに呼ばれた時だけは、マスクをしない人々と時間を過ごしたそうだ。たぶん彼女はそこで感染している。そして、今、感染の可能性が高いのにも関わらず飛行機に乗って娘に会いに行こうとしているのだ。

どんなにリスクを知っていても、それが自分が必要としていることと関係したとたんに人々は突然判断力が鈍ってしまう。それを自分勝手だとかわがままだという言葉で一刀両断するのは簡単なことだ。しかし、この記事を書いた医者はそうではないという。例えば、この患者はもう何か月も娘一家とあっていない。それなりに年配の彼女にとって、娘一家に会いに行くのは死と引き換えにしても必要なことなのかもしれない。しかし、リスクがあるのは彼女の命だけではない。彼女は、娘一家を含む周りの人たち、一緒に飛行機に乗る人たちや空港で出会う人たちを感染させるかもしれないのだ。彼女はそれを知識としては知っているのだが、家族への愛が彼女を盲目にしてしまっている。

たとえば、別の患者の話をしよう。その患者もテスト結果がでるまで自主隔離をするように告げると、その事実を拒んだ。なぜなら、自主隔離は仕事を休むことを意味する。彼には、食べさせなくてはならない子供がいる、払わなくてはならない家賃がある。通常の会社の社員であれば有給で休めるが、自営業であったり、時給契約労働であったりした場合、働かなければその分飢えるのだ。その状況では、確かに彼は自分の命は惜しくないかもしれないが、リスクは彼の命だけではないのだ。彼が働きに出れば周りを感染させるリスクがある。それを知っていても、たぶん彼は働きに行ってしまうのだろう。彼を盲目にしているのは家族への愛だ。

この記事をレポートしている医者は言う。確かに、会場をこっそり借りてアンダーグラウンドでパーティをしたり、誰かの家で集まって騒いだりしている、無知で自分勝手な人々もいる。しかし、一方で、真面目でごく普通の判断力と知識を持っている人々もたくさんいる。しかし、そういう人々も家族への愛によって判断力が鈍ってしまうのだ。このような状況では、どんなに医学の知識をもって患者を説得しようとしても感染拡大を食い止めることはできないと、その医者は感じるそうだ。

昨日のニュースで、これからおばあちゃんの家にいくと無邪気に話す子供が映っていた。その父親らしき人がこう言っていた。

「両親に尋ねたんです。本当に僕たちとホリデーを過ごしたいのかと。何度も聞いたんですよ。彼らは来てほしいというんです。両親はもう年で、来年一緒にホリデーをすごせるかどうかわからない。そういう彼らが来てほしいというんです。だから行きます」

ここでも愛が人を盲目にしている。そして、その気持ちは痛いほどわかる。

しかし、このような行動によって感染は広がっていくのだ。そして、その状況に最も苦しんでいるのは、今日も防護服の下で汗びっしょりになって患者を救おうとしている医療関係者なのである。

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