シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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パンデミックはチップ文化にまで影響

最近サンフランシスコで話題になっているのは、レストランの室内営業が本格的に再開するに伴い、ウェイターやウェイトレスを雇うのが非常に難しいという話題と並んで、名のあるレストランが旗振りしているチップ制廃止へのうねりである。この画期的な動きは、パンデミック前から始まったものではあるが、パンデミックが決定的な決断への影響を及ぼしているのは間違いない。そして、賛否両論、様々な議論を引き起こしている。

そもそも議論が始まったきっかけは、サンフランシスコで30年以上、その有名なローストチキンで名声を保持してきた老舗カフェ Zuni が室内サービス再開に応じて、チップ制を廃止して、代わりにレストランで食事をするときに一律10%のサービス料金を請求すると発表したことだ。

Zuni の経営サイドの説明によると、チップ制の廃止は以前から議論されていたという。そもそもチップ制の問題は Zuni だけではなく、長年レストラン業界で議論の対象になっていた。

第一に、チップは基本的にウェイターやウェイトレスという店のフロント(表側)にでる従業員に支払われるものなので、彼らの間で分配されるケースが多い。ところが、レストランには店のバック(裏側)にもたくさんの従業員がいる。それなりに給料をもらっているヘッドシェフならまだしも、アシスタントのシェフ、材料の下ごしらえをするフェフ、皿洗いなど、低収入で働いているにも関わらず、チップにもありつけない従業員たちがいるのだ。この不公平さが問題となっていて、より公平な給料の分配が必要であるとは以前から議論されてきたらしい。

第二に、チップが人種差別や性差別を助長していると言われている点だ。ときには客によるセクシャル・ハラスメントに発展することもある。また、パンデミックでマスク着用が政治化された時期には、チップがほしければマスクをとれなどという客からの横暴な要求まであったそうだ。そのように、客がウェイターやウェイトレスの見かけや行動に値段をつけるというチップという制度そのものが正しくないと考える人々も多いのだ。

しかし、それでもなかなかチップを廃止するという決定的な動きに至らなかったのは、一重にそれによって影響を受けるウェイターやウェイトレスの反発にほかならない。彼らの時給も決して高くはないので、チップをもらえなくなれば暮らせなくなることも多いのだ。

さて、Zuni の話に戻すと、パンデミックによりその従業員の多くを解雇し、持ち帰り営業でつないだ Zuni は、レストランでの飲食を再オープンの際に、どういう形にするかを考えた。未だ完全に集結していないパンデミックのことを考えれば、従業員たちによい健康保険を用意するのは重要だと彼らは考えた。米国は日本のような社会制度が健康保険を国民に保証してくれる国ではない。その上、中小規模のビジネスの場合、雇用主が従業員の保険を用意するかどうかは強制ではない。よって、ハイエンドな店でないかぎりレストランビジネスは健康保険が用意されていないことも多いはずだ。また、用意されていたとしても、その保険料の一部を従業員が負担しなければいけないことも多いので、むしろ従業員の方から加入しない選択をすることもあるだろう。つまり、加入しやすい健康保険が用意されているレストランは、それだけ従業員にとっては健康リスクが低く福利厚生がよいと考えることができる。

Zuni は、健康保険の完備、より公平な収入の分配、そして社会に蔓延する差別の抑制を目指して、チップ制を廃止するという選択をしたわけだ。これだけ聞くと、Zuni の理想は素晴らしく聞こえるし、外野の私達からすれば、よいレストランだから今度行ってみようと思うきっかけになる。

しかし、実際に数字をうけとった従業員はショックを受けた。

細かい数字をここで披露しよう。パンデミック前 Zuni で20年以上働いているウェイターは、チップだけで1日200ドルほど稼いでいた。これに、ベースの時給を足して、週35時間働いた場合、年収は70000ドルだった。随分もらっているように聞こえるかもしれないが、サンフランシスコは物価が高い。サンフランシスコの最低生活水準は年収82000ドルだとうことを知っている必要がある。

さて、パンデミックで解雇された多くの従業員たちは Zuni が彼らを雇い直すことを信じていたわけだが、実際電話がかかってきて提示された時給は24ドルだった。この申し出を聞いて、生活ができないと頭を抱えた元従業員たちは多いはずだ。時給24ドルチップなしでパンデミック前と同じペースで働いた場合、年収は40000ドル、つまり30000ドルの減収になってしまうのだ。確かにこれでは生活ができない。

もちろん、彼らは店と交渉しているが、時給30ドルまであげてもらっても、年収は50000ドル、店から最高時給とされている35ドルまであげてもらえても、年収は58000ドル止まりなのだ。どうあがいても、Zuni で働く限りパンデミック前の収入を得ることはできない。たとえ、健康保険がついたとしても、生活できなければ意味がないのである。

そのうえ、以前の日記にも書いたように、現在レストラン業界はウェイター・ウェイトレスの売り手市場だ。今の時代、リスクが高い職業だけあってなり手がいない。ロックダウンによる失業中に、失業保険にサポートしてもらって暮らしていた人々は、安定した職業に職替えを試みている人もたくさんいる。このため、レストラン業界はスタッフがたらずに、普段なら働くことのないビジネスオーナーも店に出なくてはならない状態だ。時給をあげて募集しなくては新しい従業員は集まらない。

こんな状況なので、Zuni の挑戦は非常に危ういと誰もが感じている。実際にパンデミック前のフロントスタッフ27名のうち、この新しいシステムでの雇用を受け入れたのは現時点で7名だけである。13名は、このシステムが決まる前にパンデミックによる様々な都合により Zuni から離れていた。残りの7人は未だ決めかねているか、返事すらしないかのどちらかだそうだ。すべての問題がチップ制廃止にあるわけではないけれど、チップ制廃止は従業員が戻ってくるかどうかの決断に影響与えているのは間違いなく、またほぼ全員がパンデミックの影響をうけていることは疑いようもない。

さて、Zuniのニュースがサンフランシスコのヘッドラインを飾ってから数日、追従するレストランのニュースも賑わっている。果たしてパンデミックは、サンフランシスコでのチップ制衰退の触媒になるのだろうか。その場合、ウェイターやウェイトレスたちは、この狂気的に物価の高い街でどうやって暮らしていくのだろうか。これまで、アシスタントシェフや皿洗い人員が使っていたサバイバル方法を学んで暮らしていくのだろうか。

彼らの一人が言っていた。

確かにバックスタッフの給料を上げるのは大切だし、公平な分配も良いことだと思う。しかし、私達の給料を減らして、彼らの給料を上げるのは違うと思う。

実に難しい問題だ

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