シリコンバレー魂(ロックダウン22日目・解除予定日まで残り27日)
*この日記でロックダウンと呼んでいる規制は正確にはShelter-in-PlaceまたはStay-at-Home(自宅避難)規制と呼ばれています。ロックダウンには広範囲の意味があり、緩い規制から厳しい規制にまで幅広く使われいます。
今日4月6日、ニューサムカリフォルニア州知事はカリフォルニアが所有している人工呼吸器500台をニューヨーク州を筆頭として深刻な感染爆発が進行している州に貸し出すことを発表した。
カリフォルニア州政府は、つい先日まで州内で必要になるであろう人工呼吸器を探し回っていたのだが、シリコンバレーの水素燃料電池メーカーの工場の柔軟かつ迅速な対応により、故障している人工呼吸器の修理が可能になったことと、ロサンゼルスの宇宙開発企業が本格的な人工呼吸器の使用が必要になる前の患者が使う簡易人工呼吸器の開発と生産に乗り出したため、少し余裕が出てきたところだった。
ニューヨークからの悲鳴を受け取った西海岸の各州は、自州が所有している人工呼吸器の一部を次々と東海岸に送っている。ニューサム知事は、危機である今こそ、アメリカの各州が団結する(UNITED States of America と表現している)ことが重要なのだとツイートした。そして、カリフォルニアが今後、助けが必要な時が来れば、必ずほかの州が同じように手を差し伸べてくれるとツイートを閉じている。
この動きには多分賛否両論があるだろうけれど、今ここで使われるのを待っているだけの呼吸器が、息も絶え絶えなニューヨークの惨状を少しでも緩和できるのであれば、この判断は間違っていないと思う。カリフォルニアは全米で最初にロックダウンを宣言しただけあって、感染が広がるスピードが遅い。つまり、感染者数のピークが来るのはまだ先だから準備の猶予がある。予想を遥かに超えた悲壮なピークを、準備する間もなく迎えてしまったニューヨークに機材を貸与するのは人道的に正しい。
ニューサム知事は言っていた。これがカリフォルニアだ。私たちには発明がある。
そう、そうなのだ。そして、なかでも此処シリコンバレーはその中心なのだ。ここは、世界有数のコンピュータ関連企業がひしめき、世界中から自由でエネルギッシュな頭脳が集まってくる場所だ。
中学生の息子は、シリコンバレーの懐に位置するサンノゼのテクノロジー博物館が毎年主催するテックチャレンジ(TechChallenge)という技術開発イベントに参加して4年目になる。DELLをメインスポンサーとして、数々の有名企業がスポンサーロゴを並べるこのイベントは、毎年10月に、解決しなくてはいけない問題が出題される。参加登録した各チームは出題された問題を解決するためのシステムを何ヶ月もかけて開発し、翌年4月末に博物館で開催される大規模なファイナルイベントにおいて、審査員や観客の前でシステムを披露し、競い合うのだ。
もちろん、今年もたくさんの子供、学生たちが参加登録をして、去年の秋から地道に開発を進めてきた。我が家の息子も然りである。
そして、3月になると開発も大詰め、本番会場と同じ装置を使ったテストトライアルなどの小規模なイベントが目白押しになる。そんなタイミングで、今年は突然のロックダウンがやってきたのだ。
ロックダウンにより、通常のイベントは全て中止になっただけではなく、チーム員が同じ場所に集まって開発することすらできなくなった。前日まで普通にやってきたことが、ある日突然にしてできなくなったのである。当然、開発スケジュールも全く先が見えなくなった。そもそもファイナルイベントができないのに、開発を続ける意味はあるのか?ここまでやってきたのにと、参加者の誰もが一瞬肩を落としたに違いない。チームアドバイザーとして参加していた私も、口惜しくて、喉の奥に何かがぐっと詰まったような気分がした。
しかし、シリコンバレーの魂はそんなことではヘコタレナイのだ。テックチャレンジの主催者たち(シリコンバレーの元エンジニアや現役エンジニアたち)は、あっという間に、小規模なトライアルイベントも大きなファイナルイベントもネットワーク上で決行するという無謀な決断をしたのである。イベントの規模と流れを知っている者にとっては、そんなことできるの?!というレベルの挑戦なのだが、それを聞いた時は思わず笑いがもれた。さすがシリコンバレー、なんていうエネルギーなんだろう!
これはお手並み拝見と、息子チームに早速オンラインテストイベントのパイロットセッションに参加してもらった。オンラインミーティングシステムZoomを使って、現時点で動いているシステムの操作をカメラ越しに審査員に見てもらう。もちろん審査員もそれぞれの自宅からアクセスしている。システム本体は我が家のガレージにあるから、私がカメラを持ち、操作は息子がやり、ほかのチームメンバーもそれぞれ自宅から、審査員と同じようにZoomでアクセスしてコメントをする。最後に、審査員からしっかり好評とフィードバックをもらって、さて開発続行だ。
開発続行といっても集まることはできない。そこで、チームは遠隔地開発手法に舵取りを変える。各自、担当するシステムパーツの開発を進め、週一のオンラインチームミーティングで意見や必要な仕様を交換して、それぞれがパーツを作り続けている。
こんなに非日常な毎日になってしまっても、子供達は平然として開発を続けている。完成できなくてもいいのだ。シリコンバレーという最新技術に囲まれた環境で、最善を尽くして挑戦を続けることが楽しいから。
審査員たちは、最終的なシステムを組み上げる必要はないといった。バラバラなパーツを別々の場所からネットワークを通して披露して欲しいという。開発ジャーナルを通して、このような状況でどのようにチャレンジしてきたのかを報告して欲しいという。
テックチャレンジは、仮想の問題解決を通して、現実の問題を解決するプロセスを学ぶイベントだ。子供達は、今年出題された仮想の問題だけではなく、ロックダウンによって突きつけられた深刻な現実問題も同時に解決しようとしている、このプロセスこそがまさしくテックチャレンジの精神なのだ。
イベント主催者であるシリコンバレーのエンジニアたちは、自分たちの決断と行動でチャレンジ精神とはどういうものなのかを、子供達に示している。そして、子供達も彼らの呼びかけに応えて、逞しいシリコンバレー魂を受け継いでいる。
このロックダウンが解除されたら、各自の家にあるバラバラな部品を集めてシステムを組み上げ、チームパーティをやろうとアドバイザーの私は考えている。いつになるかは、まだ誰にもわからない。
明日は蔓延する噂について報告する。