シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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集団免疫論についてちょっとだけ考えてみた(オレンジティア)

スウェーデンがほかのヨーロッパ各国と違う独自路線で集団免疫を獲得するという作戦でパンデミックを乗り越えようとしているのは数ヶ月前から定期的にニュースになっているが、ここ数日米国では再び注目されている。それというのも、8月後半から、連邦政府のコロナウィルスタスクフォースに大統領の要請により加入したアトラス博士が「集団免疫論」者であり、現在のタスクフォースの中心人物のようになっているからだ。

米国で感染が広がり始めた3月末から2ヶ月ほど、今や国民的に有名になったファウチ博士やバークス博士がメンバーであるコロナウィルスタスクフォースは、毎日のように大統領とともに記者会見をしていた。そこで、大統領の珍発言があったり、大統領の直後にスピーチをしたファウチ博士が大統領の発言を一部否定したり、様々な事件があったわけだが、6月に一時的に米国の感染率が下がった頃、定例記者会見がなくなり、それに伴いタスクフォースの存在感は突然薄れ始めた。

今でも週一回はミーティングを行っているそうだが、毎日記者会見をしてミーティングを行っていた頃のタスクフォースの活動ぶりはすっかりと身を潜め、メディアの表舞台に出なくなった。すっかり国民の信頼を掴み人気者になったファウチ博士は、民間のニュースや識者とのバーチャルミーティングに頻繁に登場するようになり、以前より連邦政府から距離が感じられるようになった。バークス博士は今も毎日のように州政府の活動を助けるために、米国のあちらこちらに車で移動しているという話だ。

そんなタスクフォースに突然大統領の要請によりアトラス博士が加入したわけだが、彼は感染病の専門家ではない。それなのになぜ加入したのかといえば、彼は今回のパンデミックはマスコミの騒ぎ過ぎだ、学校は再開するべきだ、コロナフィルスは感染防止策をとるのではなく集団免疫で対応できるなどの、いわゆる大統領の主張をバックアップする意見を持っている人だからだ。

そんな博士が集団免疫論を語ると、それをうけて大統領や一部の保守派の議員が、マスクやソーシャルディスタンスではなく、集団免疫を身につければよいのではないかという風潮の意見を口に出すようになってきた

実はこれは米国民にとっては相当恐ろしい意見なのだ。現在米国で感染により免疫を持っているのではないかと思われる人の割合は全国民の2%ぐらいではないかと言われている。その状況ですでに20万人が亡くなっていることを考慮した場合、集団免疫に必要な国民の60%が感染して免疫を獲得するためには、とんでもない数の死者を受け入れなくてはならなくなる。

実際のところ、スウェーデンと米国は、世界の先進国の中でも、人口に対して死者数が多い国の一つとして数えられているのだが、それ以外にも、スウェーデンと米国には共通点がある。エピデミックが始まった直後に人口に対して死者数が多い国はたくさんあったが、多くの先進国はロックダウンや規制の効果により、最初の数ヶ月の後は死者数が格段に減った。しかし、スウェーデンと米国は他の国のように死者数が劇的に減ることがなかったのである。

それはそうだ。だって、スウェーデンはロックダウンをしなかったし、米国は国民の意見の分裂によりロックダウンを早々に解除して、その後の規制がゆるゆるになってしまったために、それが死者数に確実に反映しているのだ。

しかし、集団免疫論者にとっては、この死者数の多さは驚きでもなんでもないはずだ。そもそも、集団免疫の獲得のためにはウィルスに感染しなくてはならないのだから、その間、健康的弱者は死亡する可能性が高い。その事実込みで、彼らは集団免疫論を説いているのだ。つまり、それらは社会が集団免疫を獲得するためにやむを得ない犠牲者であるという考え方だ。

もちろんこの考え方に納得する人もいれば、受け入れられない人もいる。私がこの考え方を聞いて嫌な気分になる最大の理由は、集団免疫を獲得するための犠牲になる確率が誰もに等しく訪れるとしたら、現在集団免疫獲得を支持している人たちは、今と同じように集団免疫を支持し続けるのだろうかという点にある。

実際の犠牲者の多くは、年配者、慢性疾患を患う人、そして、貧しい人々であることは、すでにデータが証明している。彼らが、犠牲になる確率は、裕福で、よい医療保険を持っていて、より安全な仕事を持っている社会的強者よりも遥かに高いのだ。

そのような状況で、政治に関わっている裕福な人々が集団免疫論を唱えるのは、便利で快適な生活を守るために、社会的弱者が犠牲になっても仕方がないと考えているように思えてしまう。

そこには、人としての倫理観が抜け落ちている。

もし、犠牲者がくじ引きできまるようになっていて、集団免疫獲得のためには自分もそのくじを引かなくてはいけない世界があるとしたら、集団免疫論者はその世界でも集団免疫を推奨するだろうか。はなはだ疑問である。

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