シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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エンジニアだったら絶対やらない(規制緩和フェーズ2)

先月、突然、全米の病院に対して、新規感染者数、病院の収容力、重要な医療器具の在庫などをレポートするために長年使用してきたCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のシステムの使用を停止して、HHS(アメリカ合衆国保健福祉省)が提供する新しいシステムに入力するようにという通達が出たというニュースは衝撃だった。

もちろん政治的意味合いにおいて、衝撃だったには違いないのだが、私が衝撃を受けたのはそこではない。コンピュータソフトウェアに関わって数十年の経験から、この移行のタイミングは絶対にありえないものだったからだ。

コンピュータソフトウェアエンジニアとしてシステムの開発や保守に関わったことがある者であれば誰もが同意すると思うのだが、重要な基幹システムを新しいシステムへ移行する場合、決してクリティカルな時期にやってはいけない。

なぜなら、新しいシステムというものは必ずバグるのである。たとえどんなに徹底にテストされていても、本番環境にのせると、テストフェーズでは予想外の操作やデータに引っかかって、大なり小なりトラブルが発生するものなのだ。これは、システムの移行にかかわるエンジニアならば、現実として受け入れなくてはならないもので、そのため週7日24時間体制のシステムの移行タイミングには、通常、普通の人が一番働いていないときが選ばれる。日本だったらお盆休みとかGWとかが選ばれることが多いし、また、業界によって繁忙期というのがあるから、その期間の周辺は絶対避けなくてはいけない。そういうものなのだ。

ちなみに、そういう経験が長いと、個人的にも、最新ソフトウェアのインストールには躊躇するようになる。誰か別のユーザたちに人身御供になってもらって、バグとトラブルを体験してもらって直してもらって、安定してからインストールしようと待機するようになるのだ。それほどまでに、新しいソフトウェアはバグるものなのだ。

なのに、パンデミックの真っ只中、特に感染者が急速に伸び続けていた7月に、なんの前触れもなく「新システムに切り替えましたから、来週からこっちのシステムに入力してください」とお知らせが届くなんて、もう狂気の沙汰としか思えない。それも、全米の病院データを扱う大容量データシステムであり、かつ、使用可能な病院のベッド数や医療機器数という医療関係者、患者、コミュニティにすべてに関わる非常に重要で即時需要の高いデータ内容なのである。

確かにCDCのシステムは長年使われていて、時代遅れになり不便なところがあったと言われていた(余談だが、長年使われていたということは裏を返せば信頼性が高いシステムということなのだ)。たとえば、約70項目を毎日人間が手で入力しなくてはならなかったという。しかし、新システムでは、なぜか増えて129項目を人間が手で入力しなくてはならなくなったらしい。

病院システムのデータから必要なデータだけを自動生成、入力できるようになったとか、そういう新技術が導入されているわけでもない。ならば、病院の職員にとっては、慣れ親しんだ入力画面とUIで入力したほうが、新しいソフトウェアで入力するよりも、より速くより正確にデータを入力できるはずだ。

いったい、なぜ、今、この重要なシステムをこの重要な時期に切り替えなくてはいけないのか?それも1ヶ月程度の突貫工事でカスタマイズ開発されたシステムに?

これは、多くのエンジニアにとって大きな疑問であり、必ずトラブルと混乱を引き起こすだろうと誰もが予想したと思う。これは、絶対だめなやつ。エンジニアなら絶対にやらない。

あまりにも不思議すぎて、したくもない深読みをしてしまった人もいただろう。新システムはどういう経緯で、どのように誰によって、開発されたのか。新システムは、TeleTracking Technologies という、特に名が知れたというわけでもない民間会社がHHSから1千万ドルで請け負ったデータベースソフトウェアシステムだという。これだけの大金が動く大型プロジェクトだから入札があったのかと思えば、入札があったという情報はない。これは、ますます怪しい。

新システムへの移行から約一ヶ月、今日発表になったニュースは、新システムでデータ遅延や不整合の報告が増加し続けたため、CDCの旧システムにデータをもどすことになったというものだった。やっぱり!と多くのエンジニアが、あきれて首を横に振ったに違いない。今後は、CDCのシステムをよりモダンなシステムにアップグレードしていく予定だという。

じゃあ、1千万ドルを払って開発させた新システムは??1千万ドルは?

ソフトウェアエンジニアリングを知らない人たちが、エンジニアのアドバイスに耳を貸さずに、利権のために行動したと思われる悲しい結末だった。今後、政治思惑も含めて裁判沙汰になるのではないかと思われる。

 

 

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