シリコンバレーロックダウン後日記

起点はシリコンバレーがロックダウンされた2020年3月。2021年6月、シリコンバレーのロックダウンが解除されてから、シリコンバレーと世界がどのように回復に向かっていくのかを日記に記録してみようと思う。

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ロックダウン時のロードサービス(ロックダウン48日目・現時点の解除予定日まで残り29日)

*この日記でロックダウンと呼んでいる規制は正確にはShelter-in-PlaceまたはStay-at-Home(自宅避難)規制と呼ばれています。ロックダウンには広範囲の意味があり、緩い規制から厳しい規制にまで幅広く使われいます。

土曜日の朝。友人に作ってもらった布マスクをつけ、メガネが曇らないようにコンタクトレンズを装着し、注文してあった食料品の受け取りに出かけた。ロックダウンの影響で交通量がめっきり減ったハイウェイを時速100Kmで快走していたら、左後方でピシュッ!と変な音がして、ダッシュボードからピー!という鋭い警告音とともにタイヤの空気圧ランプが点灯した。

その瞬間、疑いようもなくパンクだと察したが、ハンドルが取られることもなければ車が激しく振動することもない。軽い振動と聞きなれない風をきるような音。どうやらタイヤの空気が抜けているようだが、タイヤが裂けたよう感じではない。ハイウェイでタイヤが裂けたら恐ろしく危険だが、どうやら少しなら走れそうだ。ハイウェイの路肩に停車するのはこれまた本当に危険だから、走れるなら次のハイウェイの出口まで慎重に走って、そこで停車したい。

出口までたどり着いてスピードを下げた途端に振動が激しくなる。やばい音が左後方から聞こえる。あ、これはもう長く走ったらやばいな。この出口なら、出たすぐ右側に大きな駐車場がある。不幸中の幸いとばかりに駐車場に滑り込み停車した。ここまでたどり着けてよかった。

車を降りて迷わず左の後輪を見にいくと見事にペシャンコだった。舌打ちをしたくなるが、ハイウェイ上だったことや走行スピードを考えると、大きな事故に繋がらなかっただけ運がよかったなと思い直してホッと息をついた。

 米国にはAAAという会員制のロードサービスがある。日本のJAFとだいたい同じようなサービスだ。早速、AAAの会員カードを引っ張り出し、裏面に記載されている電話番号にかける。通常はレコードされたメッセージが通常のサービスメニューを語り出すところだが、今日のレコードメッセージはいつものとだいぶ違った。

サービスを提供するテクニシャンの健康のために次の質問に答えてください。」に始まり、医療関係者かどうか、ウィルスに陽性かどうか、過去に陽性の人と接触したかどうか、体調に問題はないか。様々な質問にプッシュボタンを使って答えていく。ロックダウンならではだ。きっと医療関係者だったら、通常の顧客よりも優先してより早くサービスが割り振られるに違いない。

そんなこんなで、なんとか通常メニューに行き着くと、すぐに親切なカスタマーサービスが応対してくれた。その後は水が流れるようにプロセスが流れ、すぐに担当者を手配をしてくれたカスタマーサービスは、最後に牽引サービスが必要かどうかを確認してきた。というのも、通常、牽引が必要な場合、顧客は牽引してくれる担当者のトラックに同乗させてもらうのだが、今はソーシャルディスタンス規制とテクニシャンの健康を守るため、顧客をトラックに同乗させることはできないとのことだった。

私の場合は単純なパンクだったので、スペアタイヤも持っていたし、スペアタイヤに変えてもらうだけで大丈夫、といって電話を終了し、のんびり担当者を待つことにした。ところが、のんびりどころか20分もしないうちに担当者のトラックが現れたのだ。ロックダウンのおり、人々はあまり車で外出をしない。どうやらAAAのサービスもいつもよりも忙しくないらしい。

いつもなら、笑顔で握手を交わす場面だが、握手なし、お互いあまり近寄ることもなく、挨拶には満面の笑顔を浮かべたがマスクをしていたから意味はなかった。それでも、お互いに忙しくない日々を送っているからだろうか、いたって和やかな空気の中淡々と作業が進み、あっという間にスペアタイヤに履き替えてもらった。外したタイヤを見て、担当者曰く、一度パッチが当たっていたタイヤのパッチが剥がれて空気が漏れ出したとのことだった。だから、タイヤが破裂するようなこともなく、急激にタイヤが平らになることもなく、少しの距離なら走れたわけだ。

再パッチできるかどうか、タイヤ屋に行って聞いてごらんと、アドバイスをしてくれた担当者と、最後にお礼の握手もすることなく、代わりに何度もお礼の言葉を言って別れた。

さて、いつもタイヤを見てくれる自宅の近所の車の修理屋に寄ってみることにしよう。ロックダウンでも米国の生命線である自動車関連のビジネスは全て営業中である。行ってみると、店の裏でのんびり仕事をしていた主人がニコニコ出てきて(彼はマスクをしていなかった)、トランクに入っていたタイヤを診てくれた。「これはうちではできないなあ。タイヤ屋に行ってごらん」と言われる。

直接タイヤ屋に行こうと思って、はたと考える。トイレに行きたい。もちろんタイヤ屋にトイレはあるが、ロックダウンの折、公衆トイレを使うのはなんとなく避けたい。家の近くだし、一度家に帰るか。

家に帰って、のんびりお昼を食べて、一息入れてからタイヤ屋へ出直した。一件目のタイヤ屋の受付で2メートル離れて並ぶ。受付の人はタイヤを診て「このパッチ位置は再パッチは難しいな。うちではできないから向かいの店に行ってごらん」と、とても親切だ。

道を挟んで向かいのタイヤ屋に移動する。今までの店で一番狭いが一番客がいる。受付が狭いので、ソーシャルディスタンスを保つために、客は外で並んでいる。私も大人しく外にならびのんびりと順番をまった。だいぶ待ってやっとお店の中に入り受付の人に要件を告げて、タイヤを診てもらったら、やっぱり直せないと言われた。

結局はタイヤ交換しか道が残っていないことがわかったが、ロックダウンの折、車は滅多に使わないので、安いところでゆっくり直せばいいから今日はここまで、と家に帰ることにした。

面白いなと思ったのは、この間、4時間超、一度もイライラしなかったことだ。普段、こんなことがあったら、まずパンクでイライラし、時計とにらめっこをしてイライラし、受付で並んでイライラし、修理工場やタイヤ屋までの無駄足でイライラしていたのは間違いない。予定に遅れる。今日する予定だったことができなかった。これで来週の予定が押して忙しくなってしまった。とにかく、何かが予定通りに行かないと、ただでさえ忙しい毎日がさらに忙しくなってしまうストレスでいっぱいいっぱいになってしまっていた。

ところが、今は違う。ロックダウンのため、今日も明日も予定がない。週日は仕事があるけれど、それでもどこにも出かけない分、日々時間が余っている。週末に至っては特に予定がない。予定がないから、何か予想外の事件が発生しても、まあいいかと思えるし、時間があるから、のんびり直せばいいかと考えることができる。

こんなに不便で不自由で不安なロックダウンのはずなのに、日々予定に追われ、時間に追われる現代人の生活から解放されているという観点からみると、ストレスが減っている。生産的なことをやらなくても罪悪感がない。不思議なくらいに心の余裕があって、時間をのんびりと送り出すことができるのだ。

本来なら、人はこれくらいの予定で過ごすべきなのかもしれない。あんなにどこかに出かける予定や、友達と遊ぶ予定や、外食の予定や、勉強の予定や、習い事予定は本当は必要なかったのかもしれない。

毎日たくさんの人々の生命が脅かされ、最前線で戦う医療関係者の多忙さを考えたりすれば、こんなに呑気なことを考えていては本当に申し訳ない。でも、ウィルスから距離を取ってみると、この新しい時間の過ごし方には学ぶべきことがある。

より良い生活を、より新しい物を、より豊かに、より速く、より楽しく。常に、今よりも進化、向上、発展することで経済を活性化してきた米国の社会はいつも忙しい。このような社会では、生産的であることが評価される。向上しないで同じ場所に留まっていることは罪だし、社会から置いてきぼりにされていくような不安を感じさせる。

ロックダウンはいつだって全力疾走しようとする米国の時間を強制的に止めた。ほんの一時的な現象なのだけど、この非日常な日々は、人々に常に発展することだけが生きることではないことを、少し残酷な方法で意図せずに教えている。

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